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交通事故で受傷したときに、同時に労災事故(業務災害、複数業務要因災害または通勤災害)であることがあります。この場合、被害者の方は加害者が加入する損害保険会社に損害賠償請求できるとともに、勤務先が加入する労災保険にも請求することが可能です。
しかし、両方に請求して両方から同じように支払いを受けられると、重複した損害のてん補になるとの理由で、支払いの調整が行われています。労災保険ではこの調整方法として、「求償」と「控除」という2つの方法を定めています。
1.求償
(1)求償の意義
求償とは、先に労災保険から被害者に給付がなされた場合に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を労災保険の給付の価額の限度で政府が取得し、政府がその損害賠償請求権を行使することをいいます。
(2)求償の範囲
求償の範囲は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権のすべてではなく、労災保険給付と同一の事由による損害賠償請求権の額に限定されています。例えば、物損の修理費や慰謝料は加害者に対する損害賠償請求権に含まれますが労災保険給付には含まれていませんので、これらを除いた損害が労災保険給付と同一の事由となり、政府がこの範囲で被害者の損害賠償請求権を取得・行使します。
(3)求償の額
被害者の加害者に対する損害賠償請求可能額のうち労災保険給付と同一の事由による損害合計額と労災保険給付額とを比較して、いずれか低い額が求償されます。
(4)具体例
下記の場合の求償額は、両者の合計額を比較して低い額である252万円が加害者に求償されることになります。
民法に基づく損害賠償額 | 労災保険給付額 | ||
治療費 | 50万円 | 療養補償給付 | 40万円 |
休業損害 | 20万円 | 休業補償給付 | 12万円 |
後遺障害逸失利益 | 300万円 | 障害補償給付 | 200万円 |
合 計 | 370万円 | 合 計 | 252万円 |
2.控除
(1)控除の意義
控除とは、先に自賠責保険や対人賠償保険などから被害者に賠償が行われた場合に、その価額の限度で労災保険の給付を行わないことをいいます。
(2)控除の範囲
控除の範囲は、求償の範囲と同様、被害者が受けた損害賠償のうち労災保険給付と同一の事由によるものに限定されています。
(3)控除の額
被害者の受けた損害賠償額(労災保険給付と同一の事由によるのもの)が労災保険給付の額を上回るときは、労災保険の給付は一切行われません。反対に、被害者の受けた損害賠償額が労災保険給付の額を下回るときは、その差額が労災保険から支給されます。
(4)具体例
下記の場合、休業損害と後遺障害逸失利益のいずれも休業補償給付と障害補償給付の額を上回っているため、労災保険給付の必要はありませんが、治療費については療養補償給付を10万円下回っているので、10万円の労災保険給付がなされます。
民法に基づく損害賠償額 | 労災保険給付額 | ||
治療費 | 50万円 | 療養補償給付 | 60万円 |
休業損害 | 20万円 | 休業補償給付 | 12万円 |
後遺障害逸失利益 | 300万円 | 障害補償給付 | 200万円 |
合 計 | 370万円 | 合 計 | 272万円 |
3.求償・控除の制限
(1)慰謝料と特別支給金は調整されず全額支給
求償と控除は、労災保険給付と同一の事由(損害項目)を対象としていますので、労災保険では給付されない慰謝料や労働福祉事業として行われている特別支給金などについては求償・控除は行われません。
このため、慰謝料と特別支給金は支給調整されることなく、全額支払いを受けることができます。
(2)求償・控除の支給調整期間
①求償
労災保険給付の求償は、災害発生後3年以内に支給事由の生じたもので、災害発生後3年以内に労災保険給付が実際に行われたものとされています。
②控除
労災保険給付の控除は、災害発生後7年以内に支給事由の生じた労災保険給付が対象となります。労災保険給付額が損害賠償額に達するまで最大7年間控除(支給停止)することとされています(平成25年3月31日以前に発生した災害については3年間控除)。
4.まとめと留意点
交通事故であると同時に労災事故でもある場合、自動車保険と労災保険の両方に請求できますが、両方から全額を受領することはできず、上記のように「求償」と「控除」という支払いの調整が行われることになります。
先に自動車保険だけ請求して、交通事故の賠償の解決間近または解決後に労災保険の請求をされるケースも見られますが、医師の診断書の内容や障害等級の不服申立等を考えますと、自動車保険と労災保険の請求はできるだけ同じ時期に行うことが望ましいと考えられます。
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